《=交通論壇= 移動サービスの掘り起こし/「交通バリフリ基金」創設を》 慶応大学教授 中島 隆信 (『東京交通新聞』2007.11.26) アメリカのコネチカット州に住んでいた頃のことだ。身体障害をもつ息子の通学用の昇降機付きスクールバスが故障したため、しばらくの間、市の移動サービスの恩恵にあずかった。普段は高齢者や身障者の通院などに利用されているそうだが、お陰で子どもは毎日学校に通うことができた。
需要対応、ほど遠い 車社会のアメリカと単純比較はできないが、日本ではこうした移動サービスの普及がきわめて遅れている。昨年10月に道路運送法が改正される流れの中、NPO法人など福祉有償運送への参加団体は2007年3月末で2000以上を数えるが、それでも全国の需要を満たすにはほど速い。タクシー会社の中には福祉タクシーを導入しているところもあるが、台数が全国に1万台程度で料金も通常のタクシーより高いため、稼働率が低くいつ撤退してもおかしくない状況といわれる。 NPO法人「ハンディキャブを走らせる会」理事の鬼塚正徳氏によると、移動サービスはきわめて採算の取りにくい事業だという。生活上のニーズであるため、輸送距離は短く、細切れのことが多い。迎えに行くための時間の方が長いことさえある。自治体の補助金で料金を通常の半額程度に抑えているため、利用希望者は多いそうだが、それでも収支ぎりぎりで何とか運営費を捻出しているのが現状だそうだ。 他方、地域コミュニティの中にタクシー業者を取り込もうとする事例もある。11月8日付の日本経済新聞によれば、全国子育てタクシー協会が共働き夫婦の子どものために、タクシー会社に依頼して学童保育後に家まで送り届けるサービスを展開しているという。ドライバーが子どもと一緒に親の帰りを待つこともあるそうで、手数料はメーター料金のみということだ。 このような事例から分かるのは、移動サービスには潜在的な需要はあるものの、それを掘り起こし、市場化するには何らかの仕掛けが必要ということだ。 まず誰でも思いつく仕掛けは行政の補助金だろう。ただ一般財源に頼るということになると、国土交通省または厚生労働省が財務省とかけあって予算枠を取らなければならない。巨額の財政赤字を抱える政府にとって、新たな支出のために財源を確保するのは至難の業といえるだろう。 二つ目の仕掛けは地域力の再生だ。さまざまな人が一緒に町で暮らせるコミュニティが存在していれば、互恵的なボランティア精神に頼ることで移動サービスを実現していくことば可能である。しかし、過疎化や高齢化が進んだ地方ではコミュニティを支える若者が不足する一方、都会ではあらゆるサービスが市場を通じて供給されるためコミュニティを再生するインセンティプがない。 利用者が基金の担い手 そこで考えられる第三の仕掛けは、交通バリアフリー基金の創設だ。鉄道、バス、タクシーなど公共交通機関の利用者に、運賃に一定の寄付を加えた「バリアフリー運賃」を選択してもらうのである。この方法の利点は、行政ではなく交通機関の利用者が基金の担い手になるということだ。普段から何不自由なく交通機関を利用できる有難味を知ってもらうのである。人間はいつ障害を負うか分からないし、どんな若者もいずれは高齢者になる。自分たちの将来を不安に思う人なら寄付に応じてもおかしくはないだろう。 基金ができれば、それを財源としてタクシー半額利用チケットを発行し、障害の程度に応じて利用者に配ればよい。外出頻度が少ない人の余ったチケットは基金が買い取り、足りない人に売ることで無駄を省くことができる。タクシーの利便性の向上のために鉄道やバスが協力する必要はないという人もいるかも知れないが、それはあまりに狭い考え方だ。タクシーの利便性向上は障害者の外出を促し、鉄道やバスの利用度も高めるだろう。交通機関には相互補完性もあるからだ。 人間なら誰しもいずれは移動サービスのお世話になる。交通のバリアフリー化はこうした発想に基づいてなされるのが本来の姿といえるのではないだろうか。 |
《=モデル協確認=大阪福祉タク配車センター・利用促進へ広報に力》 (『東京交通新聞』2007.5.28) 大阪府福祉輸送普及促進モデル地協議会(会長=三星昭宏近畿大学教授)は20日、中央区で2回目の会議を開き、12月20日にスタートする「福祉タクシー総合配車センター」の運用面の課題などで意見交換し、利用促進のため広報活動に力点を置くことを確認した。参画する事業者・車両数が89社126台と、当初計画の300台規模から大幅に減少したため、ヘルパー有資格者のセダン車も対応する形になった。
会議では、福祉タク総合配車センターモデル事業の概要を報告。配車センターは、大阪市中央区の長堀橋に設置。府下全域を対象に配車業務を実施する。89社126台の車両の内訳は、大型(車いす・寝台兼用)66台、中型(車いす)28台、小型(軽福祉)32台。軽福祉は当初、150台程度の参画が見込まれていたが、登録会費の徴収に難色を示す事業者が多く、大幅に減った。 府下で14の配車ブロックを設けた。大阪市や堺市など大都市部では10台以上の福祉車両が登録されるが、小都市や郡部ブロックでは一ケタ台にとどまっている。前日予約を基本とするが、当日配車依頼にも対応、1時間以内の配車を目指す。 開始後の配車回数として月間4180回(平日22日間稼働)、1日1車当たり2回という数値目標を掲げた。これに加え、参画する個別事業者の配車回数(平均4回)と合わせ、同6回の配車を目指す。この数値は、すでに福祉共同配車センターを実施している東京・世田谷区(月間平均183回)、大阪・枚方市(同365回)のデータから算定し、上方修正した。 三星会長は、モデル事業を成功させるためには「広報対策」の比重が大きいとし、地方公共団体をはじめとする関係機関の広報の役割を重視、期待した。具体的には、@事業主体の府、大阪市、堺市だけでなく府下全市町村の広報誌、ホームページ等でのPR、A医師会、病院、福祉施設等、移動制約者関係機関への、ポスター、リーフレットの配布、B観光・ビジネス旅客などが対象の広報施策の必要――などが提案された。 配車センターの運営は、参画する福祉タクシー事業者の会費でまかなう形だが、現状の会員数では困難な状況にある。このため民間企業に協賛を呼びかけ、安定的・継続的な運営を確保することになった。 意見交換では、統一料金や福祉利用券、身障者割引など運賃・料金関連の質疑が目立った。全般的には全国初のモデル事業を軌道に乗せるべく、それぞれの立場で協力していくことを確認し合った。 次回の協議会は来年度に入ってから開催する。大阪市が幹事となり、共同配車事業の現状と課題をテーマに協議する予定。 |
《=公共交通機関・福祉有償運送・介護タクシーなど= 時々の事情に合わせて選択できる自由の保障が大切》 (『Volo(ウォロ)10月号』2007.10) 障害者や高齢者など、移動制約者と呼ばれる人たちの移動の保障には2つの要素がある。1つは、電車やバスなど、いわゆる公共交通機関のバリアフリー化である。これには、交通機関のみではなく、駅周辺を中心とした街全体のバリアフリー化ということがセットになって考えられなければならない。
そのことに取り組んだのが、1994年のハートビル法(高齢者・身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の建築の促進に関する法律)であり、2000年の交通バリアフリー法(高齢者・身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律)、そして、両法が統合された2006年のバリアフリー新法(高齢者・障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律)の制定である。 これらの法律の制定・施行により、ハード面での街のバリアフリー化がこの10年ほどの間にある程度進んできたことは事実である。もちろん、その背景には、障害者をはじめとする移動制約者の長年の闘いの歴史があったことは言うまでもない。 2つ目は、現状ではまだまだ「バリアフルな(障壁の多い)」街や交通機関の構造ではあっても、その中で積極的に移動制約者が街に出、社会参加を果たしていくことを支援する取り組みである。 その取り組みの1つが、今回事例として紹介した「高齢者外出介助の会」であり、「JBOS」である。他に、主として車いす障害者を対象に同様の活動をおこなっている老舗の団体に「おおさか行動する障害者応援センター」(1979年設立)などもある。先進的な障害者市民がさまざまな困難を乗り越えて街に出始めた70年代後半以後、この種のグループ・団体は全国各地に生まれ、活動を続けている。 2つ目の取り組みは、前者が公共交通機関の利用を前提としているのに対し、直接ドアー・ツー・ドアの移動サービスを提供しょうとする取り組みである。この動きは、やはり70年代後半に、東京を中心に広がった「ハンディキャブを走らせる会」の活動を噸矢(こうし)とする。ハンディキャブというのは、軽四のワンボックスカーを車いす対応仕様に改造した自動車のことである。関西では、「誰でも乗れる地下鉄をつくる会」(1976年設立)の運動をはじめ、障害者市民の間で可能な限り公共交通機関を利用し、利用することで交通機関をはじめとする街のバリアフリー化を目指そうとの意識が強く、自動車での移動をメインにした活動は90年代後半に至るまでほとんど取り組まれることはなかった。 そのような関西の障害者運動の風土の中に自動車による移動の保障を持ち込んだのは、現在「関西STS連絡会」(2001年設立)に結集する障害者市民の団体や、NPO法人格を持つ介護保険事業所などである。STSというのは、Special Transport Service(個別輸送サービス)の略である。 STSには、現在公的には、福祉有償運送と呼ばれるNPO・社会福祉法人等によるサービスと、介護タクシーや福祉タクシー(総称してケア輸送サービスと呼ばれる)などタクシー業者によるものの2通りがある。このケア輸送サービスの変形版と言えるのが、今回事例で紹介した子育てタクシーである。 ケア輸送サービスを実施しているタクシー事業者は、2006年3月末現在で6,113事業者、車両数9,699台となっているが、これは、全タクシー台数約30万台のわずか3%強でしかなく、数百万人と見られる移動制約者の移動の保障を託すには心許ない数億と言わざるを得ない。 そこに、NPOや社会福祉法人などによる送迎サービスが必要とされる要因があるわけだが、この福祉有償運送をめぐってはここ数年、タクシー業界とNPOなどとの間で鍔(つば)ぜりあいが演じられてきた。 その辺りの事情について関西STS連絡会の柿久保浩次さんは次のように語る。 「もともとタクシー業界の一部には、通常の営業許可(緑ナンバー)を取らずに、2種免許を持たない運転手が有償送迎サービスを行うことを問題視する見方があったんです。あくまでも一部にですが。 ところがそこに、介護保険法の施行にともなって、訪問介護の身体介護を利用すれば、利用者負担は軽く、かつ、タクシー業としても採算の取れる報酬(1時間で4千円余り)が得られる事態が生まれてきてしまったんです。 でも、この問題に関しては、2003年の介護報酬見直しの中で、移送中の身体介護費用は認められなくなって、片道百単位(千円)の乗降介助費用だけが認められることになったので決着したんです。 ところが、例の経済改革特区で、道路運送法80条で定められている有償運送の特例許可の条件(自家輸送と地域福祉向上のための輸送と災害時の輸送には、タクシーとしての営業許可を取らなくても有償でサービスを提供することが認められていた)を緩和しようという動きが出てきた。 それで、これはやはり、福祉有償運送を法律的にきっちり位置づけしないといけないどいうことで、近年の動きにつながってきたということです。 だからこれは、規制緩和、経済特区の動きがなければ問題になっていなかったことなんです。 タクシー事業者は障害者や高齢者の送迎サービスが儲からないことを知ってるんです。もし、それが儲かることで、お客をとられるとかなんとかという話なら、自分たちも障害者や高齢者の送迎サービスをすればいいんですよ。でも、どこも実際にはそんなことはしないんです。」 結局、福祉有償運送サービスについては、昨年5月に道路運送法が改定され、79条にその位置づけが明確化された。この法律は昨年10月に施行され、1年間の周知期間をおいて、この10月から本格実施される。今後は、NPOや社会福祉法人等がおこなう有償運送サービスは、79条による登録をおこなって実施することとなる。 見てきたように、移動制約者の移動の保障には、公共交通機関をはじめとする街の構造のバリアフリー化というハード面での整備と、公共交通機関を利用した移動を支援する制度的(介護保険や障害者自立支授法)、また非制度的な(市民による)支援、自動車を使ったドア・ツー・ドアの支援がそれぞれに必要だ。自動車を使った移動の支援では、従来からの福祉有償運送のみではなく、介護タクシーや福祉タクシーの充実・強化も必要だ。 自らも車いす利用者で、福祉有償運送サービスに取り組む茨木市障害者生活支援センター「すてっぶ21」専従スタッフの伊良原淳也さんは、「NPOや社会福祉法人の送迎サービスでは運転協力者の確保等に限界があり、早朝・夜間の送迎依頼に対応できていないところが多い。そういう点では、一般のタクシーと同様の運行体制をしいている福祉タクシーや介護タクシーは突発的なニーズや早朝・夜間の対応に秀でていると思う。 僕たちはタクシー会社にも期待しているし、自分たちの活動とタクシー事業とは共存していけると思っている」と語る。 柿久保さんが言うように、普通の市民が、その時の気分や行き先までの交通事情、そして経費の問題等を総合的に判断していろいろな交通手段を選択しているように、移動制約者も、その時々の事情に応じてもっともふさわしいと思える交通手段を選択できる自由を保障することがこれから必要とされることだろう。(編集委員 牧口 明) |
《=交通論壇= 福祉サービスの市場化進展/試される“プロの技”》 慶応大学教授 中島 隆信 (『東京交通新聞』2007.5.28) 交通のバリアフリー化
来るべき本格高齢社会を見据え、交通のバリアフリー化が進んでいる。首都圏を中心に鉄道各社は主要駅でのエレベーターの設置と段差の解消に着手し始めた。こうしたバリアフリー化には、移動が困難で家に閉じこもりがちの人たちに外出する機会を与え、当人の生活の質を高めるとともに、町も活性化させるという二重の効果が期待できる。高齢者や障害者も普通の消費者になれるという発想の転換である。 こうしたなか、昨年12月にバリアフリー新法(高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律)が施行され、その基本方針に福祉タクシーを現在の倍の1万8000台に増強する努力目標がうたわれた。最近ではタクシーでも車椅子マークを窓ガラスに貼り付け、障害者をお客様として歓迎する雰囲気が出ている。車椅子の片づけなども積極的に手伝う運転手が増え、利便性は以前より向上しているようだ。しかし、大量輸送手段としての鉄道と少人数の乗客を扱うタクシーとでは、そのサービスの内容に大きな差があることも事実である。それはバリアフリーという言葉のもつ意味について明らかといえる。 タクシーの最大のメリットは文字通りドア・ツー・ドアのきめ細やかな輸送サービスである。その潜在的利用者は、時間コストの高い一部の高所得者ばかりではない。物理的に歩行が困難な高齢者や障害者、あるいは乳飲み子を抱える母親なども使いやすい移動手段を求めている。タクシーという存在自体がバリアフリーを軽減する働きをしているのである。 こうした潜在的需要が今ひとつ見えにくい理由は輸送サービスの多くが内製されているからである。障害者がいる家庭では、親などの家族が自家用車による移送サービスを内製している。また、施設ではマイクロバスを購入し、運転手を雇い、高齢者や障害者を移送する。行政もそうした輸送サービスの内製化を、自動車税の免除などの政策によって支援している。 非効率なサービス内製 サービスの内製は車の稼働率を考えれば明らかに非効率であり、需要をまとめた上で市場化の方向へ持って行くことが望ましい。そこで、近年では、いわゆるNPO法人などがボランティアを活用し、移動困難な人たちのニーズに応える形でドア・ツー・ドアのサービスを提供し始めている。完全な市場化とはいえないものの、内製化されていたサービスを第三者が提供するという点では、ひとつの前進といえるだろう。 ところが、こうした動きに対してタクシー業界は必ずしも歓迎ムードではないようだ。需要が顕在化したこと自体は望ましいとはいえ、本来であればタクシーの担当すべき仕事の領域を慈善事業的にやられてはかなわないということなのだろう。民間のタクシー会社にも補助金などの恩典さえ与えて貰えれば高齢者や障害者の移送など立派にやってみせるといいたげに見える。 タクとNPO本来共存 NPOと営利企業のこうした対立は経済学の視点からはきわめて不自然なものに映る。なぜなら普通のビジネスの世界を見れば明らかなように、両者は決して反発し合うものではなく補完的な存在として共存しうるからである。NPOの提供する輸送サービスと競合してしまうということは、タクシーもプロの輸送事業者として所詮はアマチュアレベルに過ぎないことを自ら暴露しているようなものだ。行政の規制に守られ、時間コストの高い客の単なる移動手段と自認し続けてきたために、潜在的な需要を掘り起こし、そこから新たなビジネスモデルを構築していくという習慣が身についていないのである。 「自立支援法」が施行され、今後は福祉サービスも経営という側面がより重視されるようになった。社会的弱者に対して現物支給するのではなく、所得保障をした上で自ら好きなサービスを選んでもらうという形へ移行しつつある。そこで試されるのは市場競争のなかで培ったまさしくプロの技なのである。タクシー業界だからこそ、存在感を示すくらいの積極性をもって欲しいものである。 【著者プロフィル】1983年慶應義塾大学経済学部卒。88年同大学商学助手、91年同助教授を経て、2001年より教授。商学博士。著書に『障害者の経済学』(日経・経済図書文化賞)、『オバサンの経済学』(いずれも東洋経済新報社)など。 |
『誰でも、どこへでも 福祉輸送の課題』(『産経新聞』2007.5.14〜17) ■障害超え就職かなえる どこへでも自由に出かけたい――。バリアフリーの駅などが増えています。それでも、車いすを使う障害者や高齢者には、家から目的地へ直行できる福祉タクシーや、NPOなどによる移動サービスが頼みの綱。しかし、車の数や行政対応はまだ不十分で、外出の苦労は絶えません。4回にわたり、福祉輸送の現状を探ります。初回はNPOの移動サービスのおかげで「新しい人生が開けた」という重い障害のある青年の話です。(中川真) 「職場の雰囲気はいいし、仕事も自分に合っています。最高ですよ」 横浜市都筑区で両親と暮らす久保田鹿斗(ろくと)さん(23)は、介護サービス会社「日総ニフティ」(同市港北区)の社員として、ヘルパーの勤務表入力などの事務をこなす。鹿斗さんは16歳のとき、バイク事故で全身を強打。生死の境をさまよった末、脳損傷で感情コントロールなどが難しくなる「高次脳機能障害」が残り、足も不自由になった。4度の手術、転院、リハビリ、更生ホームでの暮らし……。3年後に自宅に帰ったころは、脳障害による家庭内暴力で、部屋中の物を家族に投げつけるような状態だった。 母親の絹子さん(52)は、トラブルも覚悟して、授産施設や作業所へ積極的に通わせ、鹿斗さんも「会社で働いてみたい」と、強く思うようになった。鹿斗さんが昨年11月、今の会社に就職できたのは、その前の7ヵ月間、「神奈川障害者職業能力開発校」(相模原市)に通うことができたからだという。自宅から20キロ近く離れた同校への通学を支えたのが、NPO法人のボランティアによる移動サービス(福祉有償運送)だった。 ◇ ◇ ◇
「夢のようです。つながるはずのなかった就職という希望が、現実につながったんですから」 母親の絹子さんが心を痛めてきたのは、鹿斗さんが「高次脳機能障害」を抱えてしまったからだった。外から異常は見えにくいが、記憶力や注意力などの働きが低下するなどのため、障害者を前向きに受け入れる企業でも、なかなか採用に踏み切れない。絹子さんは障害をカバーするだけの技能を身につけなければ、就職は難しいと考え、同校の受験を勧めた。 「厳しいだろうと思っていましたが、合格しました。うれしかったですが、大変だったのは、そこからでした」 同校の寮に入れるのは、身体障害の人だけ。高次脳機能障害もある鹿斗さんは「態勢が整っていないから」と断られた。だが、通学には自宅から車いすで最寄り駅→地下鉄→JR→私鉄→バスと乗り継ぎ、1時間半以上かかる。駅員やバス乗務員の介助も必要だ。障害で脳の疲労が激しいので、毎日の通学は容易ではない。 そこで、絹子さんは片っ端から福祉タクシーに問いあわせた。ところが、介助料を含めて「片道1万3000円」の見積もりを出されたり、片道6000〜7000円でも、「長期の予約は受けられない」と言われたという。さらに、難しい障害のある鹿斗さんとドライバーの相性も心配だった。入学式まで1週間。途方に暮れた絹子さんは、かつて利用したNPOに「タクシーと同料金でもいいから、何とかなりませんか」と泣きついた。 このNPOは2、3日で4つの団体に協力を取り付け、結局、月〜金曜の計10往復分の担当者が決まった。運賃は車の種類にもよるが、片道2700〜4500円程度。 「運転手さんは主婦や高齢の男性。障害者に慣れていて、急にトイレに行きたくなっても、嫌な顔をせず、コンビニエンスストアに寄り、トイレを借りてくれるんです。連絡も密にしてくれて、安心でした」(絹子さん) ◇ ◇ ◇ 今は電車で通う鹿斗さんも、「移動サービスがなければ、就職できなかったと思う」と振り返る。しかし、日本の福祉輸送は、まだ十分に機能していない。身体障害者や要介護の高齢者は、重複もあるが計700万人超。しかし、国土交通省によると、車いすごと乗れるなど、設備の整った「福祉タクシー」は、タクシー業者や介護保険のサービス事業所、福祉目的に限定した個人タクシーも含めて、全国で9699台(2005年度末)しかない。このため、NPOなどの移動サービスの役割が高まっている。福祉などが目的なら、国交省の許可を受け、白ナンバーでも、お金を取って人を運べるもので、車両数は2006年度末で1万3910台。国交省は昨年秋、道路運送法を改正して位置づけを明確にしたが、現場は課題が山積している。次回から福祉輸送の可能性と問題点をリポートする。(2007/05/14) ■介護保険使えぬ運賃
「タクシーも介護保険で乗れるのでは?」 そう思われた読者もいるだろう。2003年度に制度が改正される前は、ヘルパー資格のある運転手が目的地への送迎を、介護保険の「身体介護」として行っていた。利用者は210円(当時)を負担。業者は2100円(同)の報酬を得た。要介護度が軽く、そこそこの距離なら、2100円は実際の運賃に見合うので、ほかに費用を取らない業者もあった。 タクシー会社は運転手にヘルパー資格の取得を勧め、1999年に約1300人だった有資格の運転手は、2003年には約6・5倍の約8500人に達した。負担額が少なく、利用者にも好評だった。ところが、介護をしない走行時の「運賃」に、介護保険を使うのは適正でないとして、厚生労働省は2003年度からこうした利用を禁止。代わりに、通院について家と病院での乗り降りの介助を、片道1000円(自己負担100円)で介護保険の対象にした。 ◇ ◇ ◇
1971年から入居が始まった東京都多摩市を中心とした「多摩ニュータウン」。高度成長の象徴ともてはやされたベッドタウンは、人口20万人の一大都市に成長したが、開発初期に30代で引っ越してきた人たちは、みんな高齢者になった。建物も住民と一緒に年をとり、エレベーターがない古い中層団地も多い。ある団地の3階に住む70代の女性は進行性のパーキンソン病。夫が在宅で「老老介護」をしている。要介護3だった2年前は、手すりを使って階段を上り下りできたが、いまは要介護5。車いすがないと外出できない。このため、女性がデイサービスに出かける際は、団地の階段の上り下りの介助を、「1台100万円」という自動昇降機を持つNPOが担う。介護保険の制度上は、図のように、デイを提供する施設側が、玄関先まで利用者を送迎し、費用もデイ利用料に含まれることになっている。しかし多摩ニュータウンでは、施設側が上り下りの介助に対応できないと、高齢者のデイ利用を断るケースも生じ、利用者から「引きこもりになってしまう」などの相談があった。このため、多摩市はニュータウンの特殊事情として、階段の上り下りの介助を「身体介護」に認めた。費用は1回、ヘルパー1人あたり約2450円(自己負担245円)だ。 市の担当者は「ヘルパーがおんぶで上り下りすると、利用者が転倒したり、ヘルパーが腰を痛める可能性がある。ほかの利用者の送迎も遅れてしまう」と、昇降機を利用したサービスの利点を説明する。階段の上り下りがつらく、「使いたい」という高齢者は多いが、対象者は要介護4、5などの条件を満たしている7人だけだ。「要介護4から3に変更され、断腸の思いでお断りした方もいる」(市担当者) 昇降機を持つ同市のNPO法人「ハンディキャブ ゆづり葉」の杉本依子理事長は「かなり前ですが、タクシー業者に『おんぶだと2万円』と言われて困っていた利用者がおり、思い切って導入を決めた」と話す。「おんぶでは、骨粗鬆(こつそしょう)症の高齢者の骨折も招きかねない。介護保険のルールは現場の事情とほど遠い」(杉本さん) この日も、「ゆづり葉」のヘルパー2人が団地前で、女性の乗った車いすを送迎のデイ職員から引き継ぎ、昇降機を装着。女性は車いすのまま、ご主人が待つ3階に送り届けられた。多摩市では、自力で階段を使えない人は通院の際も、このサービスが介護保険で使える。厚労省は、介護保険でタクシーなどを利用できないことについて、「介護保険は日常生活に必要なことに使うもの。社会通念上、運賃などは対象と考えにくい」と説明する。 しかし、障害者や高齢者の交通問題を研究している首都大学東京の秋山哲男教授は「日本の現状はヨーロッパの20年前のレベル。先進国では1周遅れのラストランナーだ」と指摘する。秋山教授によると、スウェーデンなどでは国が数値目標を作り、福祉輸送を普及させた。英国では、自力で通院できない外来患者を、国の外郭団体が車で送迎する。私用の外出に使えるボランティア車両も多いという。 日本では、障害者や、一部では要介護の高齢者にも「福祉タクシー券」を支給する市町村はあるが、金額や利用条件はバラバラだ。次回は、福祉輸送が手薄な町では移動がいかに大変か、という体験談を紹介する。 ■自治体ごと支援の差
「区の委託タクシーの予約受付は1ヵ月前から。予約が始まると、すぐに電話するんだけど、『一杯です』って断られることも…。困っちゃいますよね」 昨年、東京都江戸川区から、隣の江東区に引っ越してきた北田藍子さん(42)=仮名。共働きの夫(45)、在宅介護の義母(72)との3人暮らしだ。 夫婦ともに仕事が重なり、どうしても介護ができないときや、たまに息抜きの旅行に出かけたいときなど、月1回程度、ショートステイを利用している。 いつも問題になるのが、施設までの送り迎え。江東区内には、全区的に活動しているNPOの移動サービスがない。そこで、ケアマネジャーから聞いた区委託の「高齢者・心身障害者リフト付き福祉タクシー」の利用認定を受けた。 タクシー会社に電話予約すれば、予約や送迎の料金なしで、中型タクシーと同じ運賃でリフト付き車に乗れる。それだけに、結構人気がある。「『時間をずらしてくれれば、何とか行けますよ』と、言ってくれるときもあるけど、その時間帯が仕事と重なっていたりすると、どうしようもないですね」(北田さん)。 送りの車は確保できても、帰りの車は再び、帰宅日の1ヵ月前に電話予約をしなければならない。予約が取れず、帰りだけ民間の福祉タクシーを頼むこともあるという。 「江戸川区にいたころは、区内全域で使えるNPOがあって、通院時などに使えて、とても便利でした。バリアフリーを考えて新築したのに、移動の面では、逆に不便になってしまいましたね。引っ越し先はよく調べないと…」(北田さん) ◇ ◇ ◇
隣の区なのに、大きな差が生じる背景には、福祉輸送に対する区役所の取り組みの違いがある。 江戸川区で北田さんが使っていたのは、NPO法人「ハンディキャブ江戸川区民の会」だ。運転ボランティア15人で7台を運用し、「旅行に行くので、駅まで送ってほしい」といった要望があれば、早朝などの迎えもするという。 最大の特徴は、区が運営費を年間240円助成し、事務所も提供していることだ。20年の歴史があり、区内の福祉輸送の中核になっている。 事務局によると、予約を断るのは、最も利用者が多かった2002年ごろでも、月900件の依頼のうち、40件程度だったという。 それに対して、江東区は1994年度から、介護タクシーの予約や送迎の料金を肩代わりする方法をとっている。区担当者は「年間3000万円の予算を組み、1社の4台を委託している。確かに、台数はまだ足りないと思うが…」と説明する。だが、予算上、増車は難しいのが実情だ。 実は、江東区でも2つのNPO団体が移動サービスの活動をしている。しかし、リフト付き車が、それぞれ1台しかなく、「依頼に応じきれないので宣伝していない」(団体の関係者)。このため、存在を知らない区民も多いようだ。 このほか、区社会福祉協議会も、3台のリフト車を区民に貸し出す。運転ボランティアが必要な人には紹介もするが、「車が空いていても、ボランティアがつかまらないケースも多々ある」と説明する。 江東区の施策は、区民が福祉輸送を使えるように、との“苦肉の策”。しかし、江戸川区の10倍以上の予算を使っている割には、「費用対効果」は、よくなさそうだ。 ◇ ◇ ◇
行政として、さらに積極的なのが、東京都武蔵野市。市福祉公社が2000年度から「レモンキャブ」という移動サービス(9台)を運営している。運行を商店街などのボランティアに依頼する方法で、30分800円の利用料は、そのままボランティアにわたる。 年間約1600万円の運営費は、すべて市の予算で賄われており、年間1万5000件強の利用がある。 最近では、大阪府枚方市や東京都世田谷区などが、利用者の要望に合わせて、移動サービスを紹介、手配する「共同配車センター」に補助を行う。 だが、福祉輸送を重視する自治体はまだ少ない。NPO法人「全国移動ネット」の伊藤みどり事務局長は「行政が必要性を本当に感じてくれないと、住む所によって高齢者や障害者の移動に格差が広がってしまう」と指摘している。(2007/05/16) ■需要に反し輸送量減 高齢者や障害者に不可欠な福祉輸送ですが、タクシー会社、個人、介護保険サービス事業所、NPOと、担い手はさまざま。運営のルールや利用者の安定確保などをめぐり、どこも苦労が絶えないようです。最終回は「運ぶ」側の事情を紹介しながら、福祉輸送の方向性を考えます。(中川真) 「今後、運賃を値上げする移動サービスが次々に出てくると思います」 NPO法人「全国移動ネット」の伊藤みどり事務局長が心配する。 昨年10月、お金をとって人を運ぶ移動サービスは、福祉の「特例」扱いから、タクシーなどと同じように、「道路運送法」で正式に位置づけられた。国土交通省は同時に、運行管理の責任者を常時置くことや、点呼の徹底、運転ボランティア全員が新たに認定講習を受けることなどを義務づけた。 これらの費用が運営を圧迫し、運賃アップにつながるのではないか−というわけだ。 国交省の担当者は「人命を運ぶのだから、一定の体制を整えるのは、安全の信頼性を示す意味で必要」と理解を求める。しかし、特に認定講習は運転、介助の座学と実習で2日間、1人1万円弱かかり、不満が根強い。 3年前、NPOなどのサービスを、利用者に紹介する「共同配車センター」を作った大阪府枚方市の藤沢秀治福祉部長は「ボランティアが自費で講習を受けるのは大変だ。負担を感じ、『辞める』という人が続出すれば、枚方の移動サービスは壊滅してしまう」と危機感を強める。 こうした声を受け、国交省は先週、講習要件を緩和。過去に講習を受けた運転ボランティアの運転実技、ヘルパーの乗降介助実技などを免除した。だが、「これまで市と共同配車センターが行っていた講習会は、参加費1000円だった」(藤沢部長)と関係者の不満は消えない。 ◇ ◇ ◇ 一方、福祉タクシー業界は、伸び悩みの傾向にあるという。「全国福祉輸送サービス協会」の水田誠副会長は「格安なNPOが、一般のタクシー車両に近いセダン型でサービスを始めてから、特に地方で高齢客が取られている」と指摘する。都市部でも、財政難で助成を減らす自治体も多い。 「リフト付き車両の価格は通常モデルの2倍。NPOのように、財団などの寄贈はない。運転手に約1週間、乗降介助の研修をさせる費用や、その間の人件費も大きい」(水田副会長)。 ところが、国交省によると、福祉車両は毎年“右肩上がり”で増え、2005年度末には、3年前の約3倍の計9699台になっている。 同協会は「簡単に開業できる福祉限定の個人タクシーが一気に増えたものの、うまくいかずに休業中の台数も含んでいるのでは」と、“幽霊車両”の存在を指摘する。こうした個人タクシーは、福祉限定の許可だから、深夜の繁華街で一般客を乗せることもできない。 輸送量は、NPOでも減少傾向。ただ、東京・多摩地区のNPO調査では「介護保険のサービス事業所を兼ねる団体だけは伸びている」という。関係者は「ケアマネジャーを通して依頼する利用者が増えたのでは」と分析する。 ◇ ◇ ◇ タクシーもNPOも、輸送量は減り、車両は余っている様子。しかし、利用者は車の手配に苦労しており、現状にはミスマッチがありそうだ。 「東京ハンディキャブ連絡会」の伊藤正章さんは「配車の依頼が朝の通院時などに集中している」と、個人で探す限界を指摘する。「利用者の要望を聞いて、それに合った業者・NPOを探してくれる『共同配車センター』が各地に必要だ」と強調する。 だが、成り立ちや利害が違うタクシーとNPOが、一緒にセンターを作るのは難しい。国交省は2006年度予算で、センター新設の補助金として、総額1億2400万円を計上したが、立候補する地域はなかった。 利用者が、サービスを仲介する機関の存在を知らないことも大きい。タクシー業界でつくる全国福祉輸送サービス協会は昨年10月、「東京福祉タクシー総合配車センター」(45事業者、79台)を作った。しかし、「宣伝が足りないのか、予約数は1日に平均6、7件」(事務局)しかない。 首都大学東京の秋山哲男教授は「需要はある。『体が悪いのだから仕方ない』と外出をあきらめている人が多いのではないか」と、指摘する。 福祉輸送の本格的な取り組みは、始まったばかり。「バリアフリー新法」では、「2010年度までに福祉タクシーを1万8000台に倍増」と数値目標を掲げている。高齢者や障害者も「行きたい所へ行けるのが当たり前」の社会を作る具体的な取り組みが求められている。 =おわり ◇ ◇ ◇
【NPOなどの移動サービス】
■全国移動ネット:TEL03・3706・0626(毎週月曜10:30〜12:30、第1、第3火曜12:30〜16:30に相談員が対応) 【福祉タクシー】 ■東京福祉タクシー総合配車センター:TEL03・5287・5294(都内の相談・配車) ■全国福祉輸送サービス協会:TEL03・3222・0347(全国の情報) 【輸送サービス全般】 ■東京ハンディキャブ連絡会:TEL03・3222・8915(全国の情報) |
《=交通論壇= バリアフリー新法制定に際し「その他の障害」の視点から》 宇都宮大学助教授 長谷川 万由美 (『東京交通新聞』2007.2.19) 2006年12月20日にバリアフリー新法(「高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律」)が施行となった。筆者は日本発達障害ネットワーク(JDD)の代表として、施行前の基本方針、移動等円滑化基準の懇談会や、施行後の公共交通機関旅客施設や車両等に関する指針作りの委員会に委員として参加している。JDDは2005年4月に施行となった発達障害者支援法制定に向けて国会に働きかけた団体が中心となって結成した組織で、筆者は団体結成当初から広報として活動に参加している関係で、今回、委員として参加することになった。 移動困難理解の難しさ バリアフリー新法の検討の場に発達障害が入ったのは、新法が対象とする障害者の範囲が旧来の身体障害者のみから「知的障害者、精神障害者及び発達障害者を含むすべての障害者」に広げられたからである。『移動等円滑化の促進に関する基本方針』では、身体の機能上の制限をより広く捉え、知的・精神・発達障害者等の「知覚面又は心理面の働きが原因で発現する疲れやすさ、喉の渇き、照明への反応、表示の分かりにくさ等の負担」を軽減する必要性に言及している。昨年10月に施行となった「道路運送法」改正による福祉有償運送でも、身体障害者や介護保険要介護者等に加え「知的障害、精神障害その他の障害を有するもの」が対象となり【施行規則第49条第3号ニ】、その他の障害には「発達障害、自閉症、学習障害を含む」とされた(国自旅143号)。このように支援すべき「移動困難者」は拡大してきているのである。 しかし、知的・精神・発達障害に起因した移動困難というものが十分に理解されているとは言い難い。これらの障害に共通する傾向として、光、音、においなどの感覚過敏や判断力や問題解決力の低下、常同性への強いこだわりなどがあり、そのために公共交通機関の利用が困難な場合が少なくない。しかも、外から見てわかる障害でもなく、移動の困難を自ら説明することも、それを代弁できる専門家を見つけることも難しい。福祉有償運送の会員の適格性を審査するため判定委員会を設けるべきだという議論が運営協議会でなされることがあるが、例えば子どもの精神・発達障害を専門に診る児童精神科医は全国で100人、小児神経科医は300人(いずれも学会認定)、成人の発達障害の診断ができる医師にいたっては、数10人しかいないと言われており、子どもでも大人でも予約から初診まで数年待つことは決して珍しくない。このような現状で、これらの障害に起因する移動困難の判定ができる人材が十分に揃うことは偶然以外の何ものでもない。このような現状を踏まえた運営協議会の慎重な対応を望む。 障害児も議論の視野に 来年度国土交通省予算では、総合政策局がバリアフリー新法で対象となったこれら三つの障害にかかわる施策の研究をバリアフリー化促進予算の中に位置づけ、自動車交通局が福祉輸送に係るセダン型の乗降介助等における運転者の教育体制の整備を新規に予算化するなど、従来の身体障害にとどまらない、より広い障害者への対応が取り組まれる。ぜひ、それらの成果を、目に見えづらい移動困難を抱えた知的・精神・発達障害を持つ子どもや大人のために役立てていっていただきたい。 しかし、ここで気にかかるのが「障害児とその家族」が検討や研究の狭間に置かれていないかということである。バリアフリー新法でも道路運送法改正でも、障害を持たない子どもや子連れは対象外とされ、「子ども」が持つ移動上の困難さや障害児を育てる親への配慮はあくまでも付随的なものとしてしか扱われていない。しかし、障害を持っていても子どもは子どもとしての特性も持つし、外出時の苦労は、子どもに障害があれば、さらに大きなものとなる。このような観点から、「子ども」や「子連れ」の移動円滑化のニーズについても議論する必要があるだろう。 |
《=交通論壇= 自家用有償運送という新分野/住民が利用しやすく》 宇都宮大学助教授 高橋 万由美 (『東京交通新聞』2006.10.9) 10月1日に改正道路運送法が施行となり、自家用有償旅客運送の79条による登録制度が導入された。今後は許可でなく登録になるという違いはあるが、地方自治体が主宰する運営協議会で地域の合意を受けた非営利法人や地方自治体が登録することによって、有償での自家用運送が可能となるという流れは、基本的にはガイドラインに基づいて進められていた従来の流れと変更はない。 自治体の戸惑い大きく しかし、法制化により自治体の責任が強化されたことに対する現場の自治体の戸惑いは大きい。特に熱心に協議会に取り組んできた自治体にとっては、今までの蓄積をまた短期間で再検討しなければならないことの徒労感は相当なものがある。現在、5ヵ所の福祉有償運送運営協議会の会長を務めている私も、準備期間の短さもあって、当面どのように協議会を運営していくのか悩むところである。 今回の改正は、そもそもは構造改革特区での規制緩和の検証を経て全国展開するにあたり、240号通達(ガイドライン)が発表され、ガイドラインに沿って各団体や各自治体が積んだ実績の延長線上にあるはずで、そこで大きな問題がなければ、さらに簡略化されてもいいのではないかとも思われる。 有効な改正内容か検証 ところが、今回の改正は、ガイドライン以上に自治体の責任や登録団体に対する規制が強化されている部分も少なくない。協議会における地域の合意を前提に、ガイドラインに沿って、誠実に取り組んできた自治体や団体が不合理と考えても無理がない。今後、改正法下での運用において、実態として有効な改正内容なのかという検証を続けていく必要がある。 ガイドラインになかった内容で、今回の改正に盛り込まれたことの一つとして、有償の範囲についての考え方が示されたことがあげられる。改正法は、「NPO等による福祉有償運送について、好意に対する任意の謝礼にとどまる金銭の授受は有償に含めないこととする」など「自家用有償旅客運送に関わる有償の考え方、及び運送対象者の範囲を示す」ことが付帯決議されたが、国土交通省は通達ではなく「道路運送法における登録または許可を要しない運送の態様について」という各地方運輸局あての事務連絡で、登録が不要な場合の考え方を示すにとどまった。 無償の考え方、狭すぎる 国土交通省は利用者からの「支払い」が移動サービスの提供に対する利用者からの給付(反対給付)にあたるかどうかを判断の基準としたようである。しかし、反対給付にあたらない実費としては「通常は、ガソリン代、道路通行料及び駐車場料金」のみを認めるなど、事務連絡で示された同省の無償の考え方は、あまりにも狭いものと言わざるを得ない。国土交通省は、これがなければ移動が困難な住民や移動制約者の生活を支える「自家用有償旅客運送事業」の担い手が、非営利団体や自治体に限定されていることを踏まえて、より広い「無償」の範囲を示すべきだった。 移動サービスを提供しているNPOから、改正後も基準とされる当該地域のタクシー運賃の2分の1という対価の範囲では、活動を維持することは難しく、厳しい状況をお聞きする。せっかくの登録制度が、さらにNPOの活動を委縮させては、何のための法制化か分からなくなってしまう。 利用者意見反映されず 併せて今回の改正にあたり、利用者の意見が十分に反映される機会がなかったことが、非常に残念である。すでに活動実績がある団体とは、住民や利用者から選ばれて、生活していく上で必要不可欠な存在である。それが登録要件の壁にはばまれて活動停止を余儀なくされ、利用者の生活が脅かされるような事態が起こらないように、なぜこのような活動が必要となっているのかの原点に、私たちは再び立ち戻る必要がないだろうか。 通達や事務連絡が出そろったのが施行直前で、筆者自身も十分に読み込んでおらず、今回は雑感的になってしまったが、自治体、団体、交通事業者、住民、利用者とで運営協議会を通じ、議論を重ねて、自家用有償運送という新しい分野がより住民が利用しやすい制度として定着できるよう考えていくことが重要であろう。 |
《《介護レポート》キーマンが語る、高齢期のシアワセ探し/ 移動が困難な人々に、旅や観光の楽しみを》 (『シティライフEAST』2006.9.1) 2000年の介護保険法や交通バリアフリー法の施行により、高齢者や障害者の外出は少しずつ増えている。しかし、その多くは通院・通所など。茨木市の遠藤さんが始めた「介護付観光ハイヤーサービス」には観光や遊びの要素が盛り込まれ、話題を呼んでいる。 ●遊び心のある旅を
●移動は人権 【NPO法人アクティブネットワーク代表理事 遠藤準司さん】 27歳で会社を辞め、1997年介護移動サービス事業を起こす。介護保険の訪問看護サービスなどを提供しながら、交通バリアフリー社会の構築をめざし様々な活動にたずさわる。 【お問い合わせ】 NPOアクティブネットワーク 茨木市宮元町1-29 平日9:00〜17:00 TEL 072-626-0911 FAX 072-626-0922 |
《=福祉有償「登録制」の課題= NPO系の参入容易に/より広域的な連携必要》 近畿大学教授 三星 昭宏 (『東京交通新聞』2006.7.31) ――有償運送の「登録制」移行をどう考えますか。 「登録制移行までの流れを順番に見てくると、それは結局、規制緩和である。許可はあくまで審議を要するが、登録は少なくとも事務的な要件さえキチンとしておけば趣旨そのものはチェックしないというやり方なる。登録の仕方はあるわけだが、それほどうるさくなくなる。従来の流れもあるので運営協議会を経由してOKが出た事業者を登録する形になる。しばらくの間は、実態的にはこれまでと変わらないと思う。敷居は低くなるので、もっと多くの事業者に参入してもらわなければならない。それが登録制に移行する趣旨である。現在の許可自体も安全要件のほかはそんなに厳しくはやっていない」 ――許可団体数は頭打ちの感が見えますが。 「今の頭打ちは、ガイドラインを周知していく過程の中で、まず手を挙げてもらった第一陣の事業者が出そろったという状況だと思う。枚方では今20団体、大阪府6地区でも130団体余りかと思うが、枚方よりも交通条件が不便な地域が多くあり潜在需要を考えると府内で400〜500団体あってもおかしくないと思う。登録制への移行により、その差をより埋め易くなるし、参入できるところは大いに参入してほしい」 ――登録制への移行で、「運営協議会」のあり方は変わってきますか。 「国土交通省がどう考えるかだが、協議会の審議事項として、申請書類の簡素化など手続き論的なものは減らしていくべきだと思う。安全運行要件など運輸支局でキッチリ審査、チェックできる事項は運営協にかけなくてもよい形にして、肝心なのは当該自治体が有償運送事業者を増やそうとする目的や団体の素性などを見ていくことだ。それとても大方は窓口段階で見分けられると思う。本当の意味で福祉輸送サービスを発展させていこうという趣旨で協議していくことが大事だ」 ――「登録制」で参入してくる事業者は、今後NPOが主流になりますか。 「現在は社会福祉協議会や医療法人系が主体でNPO系は増えてはきているが、圧倒的多数という状況にはない。先行きはNPO系が中心になってこなければならない。ガソリン代程度を収受するボランティアをどう扱うのか、線引きするのか。これも省令・通達の具体的な中身に注目したい。それと道路運送法4条許可の福祉タクシーとのドッキングを考えなければならない。この点は、まだ議論が進んでいない。当面は営利ベースで参入者を増やしていくことが必要だ」 ――「登録の拒否」という条文がありますが、タクシー事業者との調整は。 「タクシー業界は“拒否権”のことまで言い出しているが、社会の流れからしても間違いだと思う。仮に運営協の場で合意形成ができないとなれば、法改正の趣旨にも沿わないし社会的にも通用しない。全会一致にこだわるよりも、タクシー業界がプロ意識を持って移送サービスにかかわっていく姿勢が重要ではないかと思う。実際に、そうしたタクシー事業者も存在する」 ――登録制の次のステップはどうなりますか。 「より広域的な移送サービスの連携が必要になってくる。改正法で有償運送は「市町村」単位で登録するような書き方になっているが、枚方市を例に挙げると近隣の寝屋川市や門真市など複数の自治体が広域的に運営協議会を設置して運営する形が望ましい」 ――共同配車センターの全国展開の見通しは。 「本来的には登録制移行と同時に共同配車センターを作ってしまうくらいの取り組みが必要と思う。国交省は、箱モノに補助する制度を打ち出しているが、そこを乗り越えて国が全国につくる仕組みを厚労省と共に考えてほしい。移動制約者の外出支援サービスが高齢社会における重要なニーズであり、共同配車事業が社会的要請に応える国庫支出であることを、数字的な裏付けを持ち示さなければいけない。厚労省が医療保険福祉の面から、国交省が輸送コストの面から数字を算定し、5ヵ年計画くらいで財政措置を講じるべきだ。枚方地区では小規模ながらタクシー事業者、有償運送事業者、移送ボランティアによる共同配車が軌道に乗っている」 ――これまで大阪府の運営協議会の議論を通して感じたことは。 「良い点は、どこの地域の協議会でも座長をはじめ各委員が大変前向きであるし、手を挙げた団体を基本的に認めていくという仕組みができたことは成功であると思う。問題点としては、運送対価がタクシー料金の半額以下とされているが、細かい数字にこだわりすぎるのはどうなのかと思う。もう一つは、需要と供給の関係になるが、協議会がニーズを把握し切れていないことだ。第一義的には当該自治体の問題になってくる。移動制約者側にも自分の要求を訴えるところまでは出せるが、どうしたらよいのかという議論に慣れていない面がある。今後は委員の政策立案能力が課題になってくると思う。その点、タクシー業界の場合、青写真はないが営利面や安全確保の問題で方針がハッキリしている」 |
《=交通論壇= 地域福祉交通のガバナンス/自治体主導で協働へ》 宇都宮大学助教授 高橋 万由美 (『東京交通新聞』2006.4.24) 高まる移動への関心 私の研究者としてのバックグラウンドは社会福祉、中でも地域福祉である。8年前に埼玉県内の移動サービス実態調査をさせていただいて以来、地域福祉の課題として、どのように移動にアプローチすべきか悩みながらも、移動の問題は、私の研究テーマの一つであり続けている。当時は移動に関する地域福祉の研究はほとんどないような状況だったが、福祉の分野でも移動への関心は少しずつ高まってきている。 社会福祉の援助を行う専門職である社会福祉士の第18回国家試験(2006年1月実施)では、地域福祉に関する設問の中で、いわゆる福祉有償運送の全国実施に関するガイドラインの内容が問われた。国家資格の専門性に必要な知識として、ガイドラインが出題されたことになる。福祉援助の専門職が、より一層、福祉有償運送をはじめ移動サービスへの理解を深め、援助に生かしていくことを期待したい。 私は地域福祉とは、地域で生活する全ての人が普通に暮らせるようにするシステムであると考えている。一方、施設とは、ほとんどのサービスを一つの空間の中でトータルに提供するためのシステムである。その施設で行っていたケアの提供を地域で展開していくとき、施設が持っていたさまざまな資源は地域という、より広い空間に点在していくことになる。その中で移動手段の確保は、地域生活に不可欠の前提条件となる。 点在する資源の活用 生活の基本を「衣食住」というが、地域福祉として考えれば、最初の「イ」は移動の「移」、つまり「移食住」が重要である。地域に点在する生活資源を十分に活用できるように地域の交通システムを適合させていくことが、地域福祉システムの成否を握るカギとなる。「移食住」を保障するため、地域福祉交通システムともいうべきものを構築していくことが必要なのである。 有償運送運営協議会(以下協議会とする)はそうした議論を行いうる場だと思うのだが、残念ながら建設的な話し合いの場にはなっていない場合が少なくない。その責任は第一に主宰する自治体にあると思う。ガイドラインによれば許可手続きへの出発は「地方公共団体が、当該地域内の輸送の現状に照らして、タクシー等の公共交通機関によっては移動制約者又は住民等に係る十分な輸送サービスが確保できないと認める」ことにある。 ピジョン策定をめざし 十分な輸送サービスを確保する主体は、あくまで自治体なのである。従って、協議会は、自治体が輸送サービスを確保できていないことを確認し、確保する主体として自治体は何をすべきかという問題意識の中の一つの解決として、NPO法人等への協力を依頼するための協議の場である。 自治体が、地域内にどれぐらいのサービスがあれば十分なのか、そしてそのサービス提供が実現するには、どのような役割分担、システム構築が必要なのかという地域福祉交通に関するビジョンを、めざすべき目標として持たない限り、永遠に協議会の終着点は見えず、単なる交通事業者間の利害調整や適格審査だけの場に堕するおそれがある。 すでに活動しているNPO法人があるにもかかわらず、開催自体に関心を示さない自治体もあると聞くが、そのような場合は、NPO法人なしでも地域の輸送サービスを十分に確保できる根拠と見通しを自治体は客観的かつ明確に示すべきである。 一方、交通事業者やNPO法人や住民も、自治体のビジョンをともに作り、その中で地域のために何ができるのかが問われている。ガイドラインでもみられたサービス提供主体の多様化と分権化は、より広い行政改革の流れでもある。その中で、従来のように政府(ガバメント)だけで地域を統治するのではなく、自治体、NPO、地域住民などが協働する新しい公私関係をベースとする統治のあり方としてガバナンスという概念が使われるようになってきている。ガイドラインにより、自治体主導でサービス提供主体が多様化していく今、必要なのは地域福祉交通のガバナンスの確立である。 現在、道路運送法改正案が国会審議中であり、その行方によっては、協議会の位置づけも変わることはあり得る。しかし、このような地域福祉交通のガバナンスが必要とされる状況が変わることはないだろう。 【高橋 万由美氏(たかはし・まゆみ)】埼玉大学教養学部卒。福祉事務所等勤務後、英国シェフィールド大学、法政大大学院で社会福祉を学ぶ。立教大学コミュニティ福祉学部助手を経て、2004年より宇都宮大学教育学部生涯教育課程地域社会教育コース助教授。さいたま市、埼玉県埼葛芝北、埼葛南、東京都杉並区、同10区共同地域の5ヵ所の福祉有償運送運営協議会会長。 |
《=福祉移送のNPOに新しい道筋= 関西STS連絡会、移動ネットワークサービス神戸など》 (『月刊:介護ビジネス・ジャーナル』2006年3月号) 開西地区では今、NPO法人のメンバーなどが参加した「移動送迎サービス運転協力者研修会」が各地域で盛んに開催されている。高齢者、障害者などの移動困難者を対象とした移送サービスの支援組織・関西STS連絡会(大阪市)や移動サービスネットワーク神戸(神戸市)などが指導して開いているもので、安全に移送するドライバー養成のための研修である。これは2004年3月に国交省が出した、福祉目的の団体に有償による移送を認めるための「全国ガイドライン通達」に対応し実施されているもの。 NPO法人などによる高齢者・障害者の移送サービスは、これまで暗黙の了解のうちに見過ごされてきた一面がある。 このようなサービスはボランティア活動のひとつとして行われてきたものだが、そこには少額とはいえ必要経費としての「料金」や「謝礼」が存在したからだ。国交省は、これら金銭の授受が道路運送法に違反しているものの、社会福祉の一環として行われていることなどを考慮して事実上黙認してきたという経緯がある。 ところが2000年の介護保険制度導入により、「介護タクシー」の参入、介護事業所の身体介護による移送などのからみも生じ、法改正による整備の必要性に迫られるようになり、上記のガイドライン通達に結びついたわけである。 ガイドラインには2年間の猶予期間が設けられているが、その間に提示された条件をクリアすれば、NPO法人や社会福祉協議会などの「有償運送」が正式に可能になる。料金はタクシー料金の2分の1程度が目安となっている。 普通免許で有償移送が可能 ガイドラインによると、実施は全国の各自治体ごとに関係機関を含む「運営協議会」を設置し、そこで問題点を協議した上、許可申請の受け付けなどを行うことが前提となっている。 許可申請の必要条件でもっとも注目されるのは「運転者は普通2種免許を持つことが原則だが、運営協議会で十分な能力と経験があると認められた人も可」となっていること。 つまり2種免許がなくても、運営協議会が認めた機関による「安全運転研修」の受講者であれば良いということになる。そこで許可申請の期限が今年の3月と目前に迫っている今、冒頭のような「安全運転研修」が各地で開催されているわけである。 ビジネスの可能性さぐる動き これによって、財政難にあえぐ福祉関係のNPO法人にとって、ビジネスとしての可能性は膨らむのか。関西STS連絡会・柿久保浩次事務局長は「法人の経営にどれほどの助けになるかは分からないが、地域活性化、街づくりとからめた《コミュニティ・ビジネス》としての可能性は大きい」と語った。 また多くの定年退職者をドライバー登録し、高齢者の移送サービスに取り組んでいるNPO法人フクシライフ(大阪府泉佐野市)の野口代表は「まだまだ元気で働きたいというシルバー・エイジもたくさんいます。そのような方の雇用を確保しながら地域に貢献できる」と別の可能性を示唆する。 運営協議会の設置遅れる しかし全国的に見ると運営協議会そのものが設置されていない地域も多く、また都道府県単位で対応しているケースや各市町村単位で運営協議会を設置しているケースなどさまざま。 この地域間の格差をなくすため、国交省による、より厳しい指導や規制も予想される一方、普通セダン車での移送も可能にするという方向性も打ち出されており、NPO法人などによる「有償運送」が拡大することは間違いない。 比較的対応の進んでいるのは関西地区で、特に大阪府はいち早く全体を5つのエリア(大阪市、北摂、河北、中部、泉州、※枚方市は構造改革特区で設置)に分けて運営協議会を立ち上げた。 そして関西STS連絡会が中心となりセミナーや安全運転研修を開催し、新しい制度の普及に努めており、他府県にとってモデルケースになりそうだ。 |
《=交通論壇= 交通バリアフリーと移送サービス/実情調べ基本構想に》 近畿大学教授 三星 昭宏 (『東京交通新聞』2006.2.13) ユニバーサルデザイン新法 これまでの「交通バリアフリー法」と「ハートビル法」を統合し、さらにバリアフリーの枠組みを拡大して、「(仮称)ユニバーサルデザイン法」を作ろうという動きが進んでいる。縦割りを排し、総合的にバリアフリーを推進しようというものであり、まことに時宜を得たものである。いよいよ我が国でも当事者のアウトカムズを重視するバリアフリー総合施策を推進する段階になったということであり、公共サービスにバリアフリーのPDCA(計画の実行・評価・行動)サイクルの仕組みを確立させる目論みの一環とも考えてよい。 交通サービスはバリアフリーの前提 この流れを念頭に置きながら、福祉移送サービスとの関連について述べてみたい。これまでの「交通バリアフリー法」「ハートビル法」「福祉のまちづくり条例」は主として空間・施設のバリアフリー化、「心のバリアフリー」化、仕組みの構築に関するものであった。しかし、せっかく施設・空間・交通手段のバリアフリー化を進めても、そこに到達するための交通手段そのものが無ければ意味は半減してしまう。 道路運送法の改正 一方、2002年に「道路運送法」が改正され、従来、白タク行為として禁止されていた無認可の有償福祉移送サービスや過疎地の有償移送サービスに許可を義務づけて認知することを含む、バス・タクシー事業の需給調整撤廃がなされた。これは上記の問題に対処するために不可欠であり、法改正後地域による遅滞はあるものの確実に我が国の福祉移送サービスを認知・拡大する成果をもたらした。その半面皮肉なことに、需給調整撤廃によりバス事業等の不採算路線撤退が促進されることになり、「交通バリアフリー法」により普及しつつあるノンステップバスの恩恵も受けられない地域が拡大している。またタクシー業界は本来協働してサービスを提供する事業主体であるが、両者の確執さえ起こっている。 この原因として、道路運送サービスを扱う法律の範疇では、福祉移送サービスをバリアフリーの重要なパーツとして切り出して検討することが難しいことをあげたい。 バリアフリーとしての一貫性を 福祉移送サービスをはじめとするスペシャル・トランスポート・サービス(交通困難者のための交通サービス)はまず他のバリアフリー施策と並べてニーズをしっかり把握すべきである。統合化される「バリアフリー(ユニバーサルデザイン)法」における移動円滑化基本構想の中で、駅や公共施設へ行くときに公共交通が利用できない人の数・分布を調べるよう明記することである。さらに、それに対する方策としてのコミュニティバスやスペシャル・トランスポート・サービスの現状と利用の実情を調べ、これらに対する基本的スタンスを議論して基本構想に盛り込むことである。 基本構想策定と協議会の重要性 そのためには基本構想策定協議会に福祉移送サービス関係者や80条運営協議会代表が入るべきである。根本にある健常者も含む地域交通サービス問題は別の仕組みを立ち上げてもよく、とりあえず高齢者・障害者のユニバーサルデザイン施策として議論すればよい。コミュニティバスやタクシーの性格は、この中で明らかになってくる。このような論議を基本構想の中で十分に展開できるかというポテンシャルについて、現状はまだ弱いと言わざるをえない。 新法にこれを明記できないとしても、少なくとも福祉移送サービス促進の仕組みを「道路運送法」関連の行政の中で新展開すべきであり、それと関連させた移動円滑化基本構想を作れという仕掛けを、新法に含ませたい。 |
《=交通論壇= 福祉移送サービス運営協議会/自治体の役割大きく》 近畿大学教授 三星 昭宏 (『東京交通新聞』2005.8.8) |
地域モビリティー確保 筆者は有償福祉移送サービスを認める道路運送法80条の運営協議会設置を急ぐべきと述べてきた。また、この運営協議会は単なる許可のための組織ではなく、地域交通の問題点を明らかにし、今後の地域モビリティー確保の方策を考える場とすべきと主張してきた。この点について少し掘り下げてみたい。 そもそも何のために運営協議会が必要なのであろうか。 第一に、道路運送法は道路の運送行為について定める法律であり、福祉的観点からの権利擁護やサービス確保を狙いとした法律ではない。福祉移送サービスというボランティア等によるサービスは、道路運送法改正前には想定されていなかった。これを法的に認知するためには地域で住民・関係者が集まり、その許可について必要性を論議し、その結果を踏まえて許可行為を行う必要があったのである。 第二に、すべての行政や法律がそうであるように、地域の問題を地域の人たちによりガラス張りの論議を経て地域が自己決定する時代がその背景にある。 このように考えていくと、運営協議会は国が決めたガイドラインの許可要件を機械的に審査する場ではないといえる。これでは協議会は国の「出先機関」ではないかと思えるようなケースもないではない。一方、福祉施策と混同して有償福祉移送サービス利用者を福祉分野でいうところの「高齢者・障害者」に限定するケースも問題があるといわざるを得ない。 また協議会が、タクシー業界の既得の市場確保を主張する場となっているのではないかと思われるケースもある。もちろん法に照らし、地域の実情を考えてタクシー業界が主張すべき点を主張することはむしろ必要なことであるが、重要なことはタクシーだけでは経済的にも機能的にもカバーできない弱者のモビリティーを、それではどうして確保するかの前向きな論議をして許可に結びつけることが重要なのである。 一方、現行の仕組みでは前記のような総合施策を議論するおぜん立てがそろっているとはいえない。議論の直接的対象が有償福祉移送サービスに限定されているからである。バス、LRT、コミュニティバス、タクシー、自家用車利用及びその相乗りなど多様な地域の交通手段を想定し、多様な経営主体を想定し、多数の市民の協力を得て地域モビリティーを確保する総合的施策の中で許可が行われることが重要なのである。福祉移送サービスの運営協議会はおそらくそのようなベクトル(方向性)を打ち出し、近未来に新しい仕組みを準備する内容を内包すべきと思われる。その観点で、どのような検討事項が必要であろうか。 一つはニーズ論である。高齢者・障害者・一時的けが人など通常の交通機関が使えない人の生活実態、顕在ニーズ、潜在ニーズを定性的、定量的に十分把握すべきであろう。タクシー業界とのすみわけ問題も、けた外れに多い潜在ニーズの存在に問題を解くカギがある。 また交通ボランティア育成も重要である。いわゆる福祉移送サービスはNPO等の参加者、社会福祉法人等の協力なしには成り立たない。市民が持続性ある地域社会の必要性を理解し、それに参加することがこの問題で特に重要である。これには自治体の果たす役割が大きい。運営協議会では特に自治体の姿勢が重要であると考えられる。 システム構築へ力結集 システムに関する行政的・技術的蓄積も重要である。バス、コミュニティバス、タクシー、福祉移送サービス等を組み合わせて経済的に持続性あるシステムをつくるには、経営論的、システム論的検討が必要である。このような観点からの専門家は数少なく、自治体やコンサルタントだけでなく当事者・住民が力をつける必要がある。 その意味で福祉移送サービス問題も「交通バリアフリー法」の移動円滑化基本構想づくりと似ている面がある。円卓テーブルではあるが、自治体の交通と福祉に対する姿勢が問われるのである。その意味で、福祉関係者だけで協議会を構成するのは不可能であるといえよう。 |
《みんなが参加する新しい福祉のまちづくりを》(『朝日新聞』2005.4.20) 近畿大学理工学部 社会環境工学科教授 三星 昭宏 |
高齢者や障害者も含めたすべての人が安心して自立した生活を送れるように、さまざまな分野で地域福祉のあり方が模索され実行されています。今、まちづくりはどう変わろうとしているのでしょう。市民レベルで一人ひとりができることとは何でしょうか。社会基盤整備や福祉政策にくわしい近畿大学理工学部社会環境工学科教授・三星昭宏さんに、地域福祉の最近の動向と今後の見通しについてうかがいました。 ●各部署、分野の連携と協力が「人にやさしいまちづくり」を実現 高齢社会の到来を迎え「福祉のまちづくり」への関心が高まっています。道路の段差をなくすといった物理的なバリア(障壁)の除去だけでなく、行政と市民が互いに歩みより、都市と福祉のあり方を考え実践する動きが活発化しています。この1年間の特徴的な動きと今後の課題をお話ししましょう。 まず行政側は、「ハートビル法」※1、「交通バリアフリー法」※2、各自治体による「まちづくり条例」などの施行により、各分野でバリアフリーが進んでいますが、それに伴い問題も出てきました。例えば道路のバリアフリーが進んでも、その先の施設のバリアフリーが手つかずでは意味がありません。まち全体のバリアフリーを効率よく有機的に図るには、各分野間で、国、都道府県、市町村といった垣根を越えての連携が必要です。 福祉行政との連携もポイントです。バリアフリーの目的の第一は障害者や高齢者の自立ですが、まちを自由に移動できる利便性とともに、彼らが多彩な就労や活動の場を選択できる環境が求められています。これはまだまだといえますが、この1年で各自治体における地域福祉計画の策定・実行が進み、今後の発展が期待できる芽が出そろいはじめました。行政レベルでは、分野間、各行政間の横のつながりを促す施策づくりが今後の課題といえるでしょう。 ●特区において新展開をみせる福祉移送サービス 「交通バリアフリー法」の制定や「道路運送法」改正の規制緩和により、公共交通機関の旅客施設、車両、駅周辺の設備の改善が進んでいますが、なかでも大きく進展したのが、障害者や高齢者の移動を福祉車両やミニバスでサポートする福祉移送サービスです。 福祉移送サービス特区の一つである大阪府枚方市では、この1年で大きな成果が二つありました。一つは、「共同運行サービスセンター」の設置です。福祉移送サービスは、利用者によってスケジュールやルートを臨機応変に設定するため、事業者1団体だけでは対応が困難でした。そこで、同センターで複数団体の共同運行管理を実施したところ、以前よりスムーズなサービスを提供できるようになりました。このシステムには福祉タクシーも含まれ、従来にない需要も生むなど、タクシー業界との摩擦が懸念されているこのサービスの新しい可能性を示しています。 もう一つは、福祉移送サービスに市民の持ち込み乗用車を利用する運転ボランティア(有償)の導入です。運転ボランティアに登録した市民を同センターで一元管理することで配車台数が増加し、交通バリアフリーに対する市民意識の向上にも一役買っています。この1年で枚方市の福祉移送サービスは、事業者・NPOや市民ボランティアが増加し、利用者も著しく増加しました。高齢者や障害者が、積極的にまちに出られる環境が整いつつあります。 ●福祉移送サービス開花の今年/総合センター設立や車両低額化にも期待 福祉移送サービスは、都道府県や市町村の福祉移送サービス運営協議会が許可を協議できるようになり、事業を起こしやすくなりました。とはいえ縦割り行政のためか、同協議会の設立が進んでいないのも現状です。特に、関東に比べて関西は遅れていましたが、この4月より、大阪府が都道府県単位の同協議会を発足させます。これを機に福祉移送サービスは大きく開花して、公的認知を得た巨大な社会システムとして機能することが期待されます。 また、福祉移送サービスや個人の福祉車両利用を後押しするには、福祉車両に関する総合的な相談窓口が必要です。例えば障害者が免許を取ろうと思ったとき、取得は可能か、そこにどんな条件がつくのか、公的助成はあるか、どの車両が最適かなど、申請手続きも含めてすべてを相談できるサービスです。ちなみにイギリスでは約20年前より、国の研究所や地域ごとにこういった窓口が設けられ、日本でも早急な対応が望まれます。 福祉車両自体に関しては、日本のメーカーの技術レベルは高いといえます。ただ、一般車両より約30〜100万円以上も高額になることが多く、公的助成もさらに必要でしょう。特注品は高額になるため、標準仕様のオプション扱いとなる既製品を増やすなど、メーカー側の技術開発によるコスト低減も待たれるところです。 ●交通バリアフリーをきっかけに21世紀型の新しいまちづくりを まちづくりには構成要素が多々あり、この福祉移送サービスもその一つにすぎませんが、ここからまちづくり全体に良い影響を及ぼすことが期待できます。なぜなら福祉移送サービスは、障害者や高齢者に限らず、すべての人の生活にいずれは関係するからです。自らの利害に関係なく運営サイドに参加でき、そこからまちづくりを考える視点を育てることができます。 市民の皆さんには、まず福祉移送サービスを知っていただきたいですし、参加していただきたい。運転ボランティアだけでなく、事務管理や介護などさまざまな場で、市民の力を必要としています。また、この取り組みは子どもにとっても重要です。実体験から人間・社会・法律・技術の関係が理解しやすく、総合学習のテーマとしても優れています。福祉移送サービスを含めた交通バリアフリーの取り組みは、今後、各地域で社会運動のような広がりをみせていくでしょう。 福祉のまちづくりには、仕組みやものの整備はもちろん、一人ひとりの取り組む意識が必要です。昨年、日本で開催された「トランセット2004」※3では、世界が日本のバリアフリーのレベルアップに注目しました。アジア各国でも急速にバリアフリーが進んでおり、日本には今後、欧米だけでなく、風土や文化の似たアジアとの連携も進めようという動きが生まれています。福祉のまちづくりは、世界共通の課題でもあると認識し、市民の目線で21世紀型の新たなまちづくりに参加していただきたいと願います。 ※1【ハートビル法】 1994年に生まれた不特定多数の人が利用する建物にバリアフリー化を進めるための法律。正式には「高齢者・身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の建築の促進に関する法律」。改正ハートビル法は2003年4月より施行。高齢者・障害者などの利用を配慮した建築設計基準として具体的に示されている。 ※2【交通バリアフリー法】 2000年11月より施行。正式には「高齢者・身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律」。車両、船、航空機、駅などの旅客施設と周辺地区の道路や広場、設備などのバリアフリー化を推進するもの。 ※3【トランセット2004】 英語表記は「TRANSED」。高齢者・障害者のモビリティと交通に関する国際会議。3年に1回の開催で昨年は10回目、アジアでは日本(浜松市)が初めての開催。三星教授が大会長を務めた。 三星 昭宏(みほし・あきひろ)●1945年生まれ。専門は土木計画学・都市工学。交通バリアフリー法の大阪市はじめ移動円滑化検討委員会委員長、「阪急伊丹駅」整備検討委員長。神戸メリケン埠頭中突堤の「船客ターミナルと駅前広場」整備検討委員長、ユニバーサルデザイン懇談会委員、枚方市福祉移送サービス特区・運営協議会会長など公職多数。主な著書に「福祉をひろげる」(ぎょうせい・監修)など。 |
《【交通論壇】=コミュニティタクシーの試み= 地域ニーズ踏まえて》 近畿大学教授 三星 昭宏 (『東京交通新聞』2005.2.14) |
筆者は以前本紙で、潜在需要を考えると高齢社会における地域交通ニーズは現状と比べて桁違いの多大なニーズがあり、福祉移送サービスとタクシーは協働してそのサービス供給にあたるべき、と述べた。また、交通手段は新しい競争と協働の時代に入っているとも述べた。本稿ではタクシーを使ったコミュニティ交通サービスの新しい工夫例について述べてみたい。 無計画な自治体バス 従来の路線バスが自家用車の普及と高コストにより全国的に撤退を余儀なくされている。一方、公共交通は自家用車を利用できない層にとって生活に不可欠なものであり、自治体等が「過疎バス」や「コミュニティバス」などの名称でそれを引き継いだり、空白地域を補完したりすることが普及している。 しかし、これらの多くはバス車両を用い、大量輸送の基本であるバッチ運行(定期スケジュールで客をまとめて運ぶこと)を行っており、従来の経営問題を克服できていない。近畿の都市部でもバス1便あたり乗客が数人以下という状態が大半である。また「100円バス」という名称にとらわれて漫然と料金設定し、年間数千万円という税支出を行い、昨今の悪化した自治体財政事情では持続しにくい状況が出ている。公共が住民のモビリティーを確保することに責任を負うことは重要である。これが持続性(サスティナビリティー)の無い施策であってはむしろ無責任と言わざるをえない。その原因の多くは無計画にあり、また住民自身の地域づくり運動に依拠しないことにあると思われる。 これを克服するひとつの方法として近年人口密度の低い地方部で、乗合タクシーを用いてバス・タクシー・STS(スペシャルトランスポートサービス)の機能を同時的にカバーしようという試みがなされている。福島県小高町(おだかe―まちタクシー)、島根県掛合町(だんだんタクシー)、岩手県雫石町(しずくいしデマンドタクシー)、北海道帯広市(あいのりタクシー)、滋賀県米原町(らくらくタクシーまいちゃん号)などがそれである。 これらは基本的にドア・ツー・ドアのデマンド運行を行っているが、路線を持ち短区間のバス停で予約した乗客を拾うDRT(デマンド・レスポンス・トランスポート)方式のものもある。米原町の場合、2004年9月にコミュニティバスが廃止され、かわってタクシー会社が請け負うDRT方式の「コミュニティタクシー」が発足した。運賃は300円である。 3ヵ月の実績データによると、年間経常費用が従来のコミュニティバスの3分の1、年間損益(町負担)が4分の1に減少するものとみなされている。この値は利用者増加でより向上するものと期待されている。米原町と筆者の研究室による事後アンケート調査結果をみてもこのシステムは好評であり、利用者の30%の人が「外出機会が増えた」としている。とくに30%の人が「家族に自動車による送迎を頼まなくてもよく、気軽に外出できるようになった」と答えているのが印象的である。 「コミュニティバス」を一概に否定するものではないが、地域条件とニーズにあった運行・経営・評価・住民サポートを行う努力に注目したい。 |
《【交通論壇】=新たな地域モビリティ確保策= 自治体が責務果たせ》 近畿大学教授 三星 昭宏 (『東京交通新聞』2004.10.25) |
英国の規制穏和が教訓 道路運送法改正以来、需給調整により保たれてきた公共交通サービスにおける既成の秩序バランスが今崩れつつある。筆者はかねがね英国の規制緩和を教訓として、その良い点を吸収し、問題点に早めに対処して健全な地域交通サービスシステムを構築すべきと主張してきた。 英国では1985年に交通法(Transport Act)を改正して、バス・タクシーの規制を撤廃した。ただし、初めての試みでもありロンドンは除外された。当初のこれはDeregulation(規制緩和)として徹底したものであり、届け出のみで営業を開始でき、料金・バス停等も基本的に自由化されていた。1990年代に入り、その効果と問題点が政府により調査研究され、プラスの効果とマイナス面が指摘された。プラス面として、競争により運転手のマナーが向上した、車両が良くなった、長距離バス(コーチ)が発展した、福祉交通サービスをはじめ新しい交通サービスが発展した、などがあげられたが、一方、問題点として採算のとれない路線の廃止が相次ぎ、地域の人たちの生活問題が生じていることがあげられた。 これらの結果、1990年代後半から、営業ベースで採算のとれない地域の交通サービスをどのように構築するかが論議されだした。その中には公的責任も含まれている。つまり、規制緩和と同時に、放置すると壊滅してしまう地域交通を確保する公的責任があるということである。この流れは地域交通確保の新しい工夫として現在に至っている。 英国を含む欧州の多くの国では、かねてから自動車交通の増大を予測し、それによる公共交通の衰退を防ぐという政策が意図的にとられてきた。公共交通に対する公的支出自体は当然のこととして定着している国も多い。英国ではこの思想は1960年代に遡ることができる。いずれにせよ地域の人々のモビリティーを確保することは公的な責務であるという認識についてこの国に学ぶ点は多い。 「協議会」設立立ち遅れ ひるがえって、わが国ではどうであろうか。政府ではこの点の認識に立ち、「地域交通協議会」の仕掛けを作り、先導的取り組みを支援する方向にあるが、地方ではいまだに、スペシャル・トランスポート・サービス(ここでは福祉移送サービスとしておく)許可に必要な協議会設立さえなされていない。その最大のネックは地方自治体でこの問題を担当する部課がないことと、福祉と交通の部課が分かれており「協議会」がその谷間に入っていることである。自治体の中には住民の福祉移送サービス運営協議会設置要求を1年も放置したり、ひどい場合は、その意味が全く分かっていないといわざるをえないような理解に苦しむケースもある。 この10月から滋賀県守山市ではバス空白地域でタクシー事業者によりタクシー車両を使ったデマンド・システムが試験的に運行され、市当局もそれを積極的に支援している。同様な新しい地域交通確保の芽があちこちに出始めている。ワンパターンのコミュニティーバス施策だけでなく、自治体が先頭に立って住民・事業者と一体になり、新しい地域モビリティー確保策を模索しなければならない。 |
《【論壇】=多様な交通サービスで= 介護移送の充実を》(『福祉新聞』2004.5.25) 秋山 哲男 (東京都立大学大学院教授) |
障害者・高齢者などの移動困難者を送迎する日本のSTS(スペシャル・トランスポート・サービス)は30年前に生まれ、ボランティアや自治体によって細々と運行され始めた。その後、それらの運行は多少増加したが、20年以上にわたって制度や財源を含む仕組みの変化はほとんどなかった。 しかし、介護保険制度の施行で移送と連続した訪問介護に報酬が支払われるようになると、タクシー会社や一部のNPOが訪問介護事業者として参入し始めた。その結果、STSが「有償運送」と見なされる事態が起きた。国土交通省はこれまで、会員制、あるいはガソリン代程度の運賃でSTSを実施してきたNPOについては、道路運送法上の許可を得ていなくても黙認してきたが、今年3月、同法の許可条件を緩和し、有償のSTSを法的に位置づけることを決めた。国土交通省はSTSの供給側を増やす方向を選択したが、向こう10年を見据えた対策はまだ示されていない。 日本のSTSの今後の方向性については、根本的な問題として、@移動困難者のモビリティ(外出)をどこまで保障するか、Aその場合のコスト負担を誰がどの程度負担するか、また財源をどう確保するか、B交通手段をどのように組み合わせて準備すべきか――などの重要な問題が議論されずに積み残されている。 スウェーデンのストックホルムでは、STSの利用対象者は人口の4・5%である。高齢者の割合が多く、地域の医者や看護師などから、一定の移動困難があるという判定を受けた人が利用可能となる。年間72トリップ(出発地から目的地までを1トリップと数える)を限度に送迎が認められるが、不足する場合は行政に申請し、認められると追加利用できる。運賃は利用者の収入にもよるが、ほぼ公共交通並みである。 利用対象者の中には150b程度歩ける人もいて公的負担が大きいため、1984年からサービスルート(路線バスで停留所間隔が短いもの)や、1990年代後半からフレックスルート(予約制で自宅近くの待ち合わせ場所に迎えに行くバス)に転換させる試みが行われている。 米国の公共交通は地域によっても異なるが、税金が半分以上つぎ込まれて運行されているのが一般的である。STSの利用者負担は、バスなどの公共交通並みの運賃、あるいは公共交通の二倍を超えない範囲としている。 STSの費用捻出には、目的税によるもの、医療費を節約して生み出すものなど、多様な努力が必要である。米国のメディケイドでは、医療の1%(年間1000〜1500億円)を用いて340万人(人口の1・7%)の高齢者の送迎サービスを行っている。 急性期入院は米国の場合、1週間程度だが、日本は29日と異常に長い。こうした社会的入院や交通困難入院(交通サービスがないための入院)は見直す時期に来ている。STSがないために病院に行けない、行く回数を減らしている人がどれほど多いか測り知れない。 調査データがなく経験的推測の域を出ないが、現在の日本の移動困難者人口は少なく見積もっても全人口の1〜2%(120〜240万人)程度と考えられる。そのうちSTSで対応できている人は百分の一もいればいい方で、日本のSTSは決定的に不足している。 今後の地域交通システムは、移動困難な人のモビリティの最低保障をするために、法律の制定(STS法、財源確保(スウェーデンのストックホルムでは人口1万人に対して9000万円用意されている)が不可欠である。さらに地域にあった交通計画を策定し、特に地方ではスクールバス・患者搬送などを一元化する努力、また新しい交通手段として、デマンド型交通(事前予約で迎えに来てもらうシステム)や相乗りタクシー(コストを下げるため事前予約で複数の人が一緒に利用)の強化など、多様な交通サービスが必要である。 |