《合田牧師・没10年》
合田悟さんの草の根40年を偲ぶ集い


 私たちの合田悟牧師が永眠された日から、早いもので10年が経過いたしました。
 合田牧師は、東大阪国際交流フェスティバル、
NPO東大阪国際共生ネットワーク、東大阪市外国籍住民施策懇話会をはじめ、日韓・日朝の親善交流、うり・そだん、さらんばんへの支援や、外国人の人権擁護活動のみならず、プライバシーの保護、公害問題としての石けん使用運動、ごみを考える会など、広範な“平和と人権”“民主主義”の確保への40年の歩みを続けてこられました。
 いうまでもなく、そうした合田牧師の草の根の取り組みは、日本の歩んできた歴史と、東大阪地域の成り立ちを視野に入れた貴重な取り組みであり、今も地域のそれぞれの生活の場でひき継がれ、私たち一人ひとりの胸の中に温かく刻み込まれているものです。
 “没
10年”を迎えるにあたって、心温かい仲間の皆さまとともに、ひと時、合田牧師との出会いや、それぞれの歩みをふり返りながら、受け継いできた“想い”を今後も大切にしていくための、ささやかな集いとなれば幸いです。
 ご多忙の折とは存じますが、温かい仲間の皆さまのご参加を心よりお待ちしております。




《合田牧師・没10年》
合田悟さんの草の根40年を偲ぶ集い

■日 時:2019年5月19日(日)17:30〜20:00
■会 場:イタリアン
mateli(布施マテリ)2階 
(近鉄布施駅北口・布施ラインシネマ隣り:地図参照)


■「偲ぶ集い」(
17:30〜20:00):
在りし日の合田悟牧師の“動画・肉声”の放映と、
会食をしながら“合田さんとの出会い”などを語り合う。

■参加費:4,000円

■特別企画(
15:30〜16:30
):
 「合田悟牧師遺資料室(
1968〜2007年:684冊)
(さらんばん2階)の見学・閲覧会を開催。【希望者のみ】

■主 催:合田牧師・没
10年を偲ぶ集い実行委員会
(呼びかけ人)
・久保武彦・呉龍浩・金政義・西山健一郎・鄭貴美・山本昌生
・大植美佐夫・田中啓二・高畑和正・小林浩之・岡本光文・日高正之
・片岡正信・瀬川誠・黒田収・杉山毅・栗田修司・梯信勝・田村幸二
※会場の準備のために、参加される方は「ハガキ」、
ファックス、メールで、
5月11日(土)までに事務局にお知らせください。

●お問合せ●
TEL・FAX:06-6721-6670 携帯TEL:090-3860-9762(田村)
Email:kokusaiks@e-sora.net


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【故合田牧師:プロフィール】
    ・1932年:大阪市西成区にて三男として生まれる。
    ・
1975年:「合成洗剤をなくす東大阪連絡会」結成(会長)。
    ・
1976年、1980年:東大阪市議会「李東石さん釈放要望決議」
    ・
1980年:「プライバシーを守る東大阪市民の会」発足。
    ・
1981年:「東大阪市石けん使用推進要綱」制定。
    ・
1985年:東大阪市議会「尹正憲さん釈放要望決議」。
    ・
1985年:「外登法の抜本改正を求める東大阪市民の会」結成。
    ・
1985年:「東大阪日朝友好の会」結成。
    ・
1985年:「東大阪市個人情報保護条例」制定。
    ・
1991年:「東大阪のごみを考える市民の会」結成。
    ・
1994年:「ウリソダン」発足(代表)。
    ・
1996年〜:「東大阪国際交流フェスティバル」(共同代表)。
    ・
2003年:「NPO法人 東大阪国際共生ネットワーク」発足。
    ・
2004年〜:「東大阪市外国籍住民施策懇話会」(初代座長)。
    ・
2006年:「東大阪市国際化推進協議会」(委員)。
    ・
2008年10月5日:人生を閉じて天に召された。


「チラシ」←ココから!!

◆ 呼びかけ:NPO法人 東大阪国際共生ネットワーク 

TEL&FAX 06(6721)6670
Email:kokusaiks@e-sora.net



合田 悟 牧師
東大阪・草の根40年の歩み
共生への思い
(合田悟さん追悼集 編集委員会 編集・発行)

「平和」にこだわった故・合田牧師40年の歩みがこの一冊に!
 平和と人権、そして民主主義への歩みを止めなかった合田悟牧師の草の根40年をまとめた『追悼集』が、現在進めている「合田牧師の活動資料データベース化」に先んじて、一つの冊子にまとまりました。
 この『追悼集』には、合田牧師の韓国良心囚救援活動、在日一世の識字活動支援、プライバシー保護や公害問題等々、その折々に遺された文章が刻み込まれるとともに「“諦めるな”という思いが強い握手から伝わって」(退去命令が出た大学生・周鵬宇)など、寄せられた追悼の言葉からも合田牧師の温かい人柄が伝わってきます。
 日本の歩んできた歴史、東大阪地域の成り立ちを視野においた責重な取り組みは、さらに広い人々に、世代を超えて受け継がれなければなりません。そして受け継いだものをしっかりと守り抜いていければと考える次第です。
(合田悟さん追悼集 編集委員会代表 田村幸二)

●巻頭文―合田悟 ●第一章:合田悟牧師を偲んで ●第二章:日本の歴史的責任と共生社会の課題―合田悟 ●第三章:密航者の世話人 ●第四章:出会いと連携 ●第五章:旅の終わりに ●第六章:合田悟牧師の年表 ●遺族から ●編集後記(編集委員会 西山健一郎)
 さまざまな人の歴史と思いをつないだ、一人の牧師の生き方。東大阪を愛し「人としての信念」を貫き、闘い続けた40年間に迫る。

●『共生への思い』発刊によせて●

■「いいよ」と二つ返事で■
(千葉愛子 東大阪石けんの会)
 女4人だけのこじんまりとした所帯のわリには考えることは大きくて――。
 話が進むにつれて『石けんの会』では合田先生にお願いしよう、ということになったのだと思う。当時「石けんの会」のような『追放』を全面に出さないあいまいな運動の会長を引き受けるということに関しては懸念する声もあったかもしれない。合田先生は、今でも思い浮かべることができるあの人なつっこい笑顔で「いいよ」と二つ返事で引き受けてくださったと記憶している。

■「うり・そだん」と合田先生■
鄭貴美 「さらんばん」代表
 合田先生が大声で日本大使館の日本大使に叫んだ。「私は日本から来た合田という。牧師をしている。日本からハルモ二たちといっしょに来た。日本人としての責任を果たすためにここに来た。君にも責任があるだろう。出てきなさい。出てきてハルモニの話や私の話を聞きなさい。この門を開いて私を中に入れて話を聞きなさい」。何度も何度も叫んだ。大使館前の韓国警察に阻まれながら、両腕を捕まれながら合田先生は叫び続けた。(元日本軍慰安婦に謝罪と補償を求める行動にて――亡くなる1年前[2007年秋])

■「合田牧師の思想」■
空野佳弘 弁護士
 二つだけ合田さんが言われた印象に残る言葉がある。
 一つは、「この地球は誰のものでもない」という言葉である。私は法律家であるから、国家の壁があり、法制度としての不法入国や退去強制自体を否定することはできなかったが、合田さんは別の所に立っておられたように思う。
 もう一つの言葉は、「キリスト教が偉いのではなく、キリストが偉い」である。これは、人間としての積極的な営為が社会を変えうるという合田さんの哲学だったのであろうと思う。

■現場エキュメニズムの先駆者・合田悟牧師■
李清一 在日韓国基督教会(KCC)館長
 合田先生との出会いは、1971年夏の頃であった。私がソウルでの学びを終えて、7月に大阪・生野区に設立されたKCC(在日韓国基督教会)の幹事に赴任した直後のことであった。すでに関西において、キリスト教会の在日韓国・朝鮮人の差別問題への取り組みは始まっており、「在日外国人の人権を守る会」(1969年10月発足)への誘いがあった。そこでの出会いが最初であった。

■合田先生を偲んで■
李哲 在日韓国良心囚同友会
 私は合田先生のことを思うとき、韓国のある方のことを思い出します。その方は韓国の民主化運動、統一運動の師と慕われた文益煥(ムン・イクヮン)牧師という方でした。合田先生も文益換牧師もどちらも社会正義の実現のために邁進された、牧師らしくない牧師さんでしたが、私は実はお二人とも罪人と谷間に置かれた民衆のために命をささげたイエス・キリストを実践しようとされ、一番近い生き方をされた方だったのではないかと思います。
● 問い合わせ ●
NPO法人 東大阪国際共生ネットワーク
 合田悟さん追悼集編集委員会 事務局
TEL・FAX:06-6721-6670
E-mail:kokusaiks@e-sora.net
 


■A5版/350ページ

カンパ:2,000円